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【記事紹介】福井新聞に吉村昭「天狗争乱」と吉村昭自筆原稿「読者からの手紙」(おしどり文学館協定・第11回トピック展示資料)が紹介されました

福井新聞社の論説委員による「越山若水」(「福井新聞」令和2年12月6日 朝刊1面)で、吉村昭『天狗争乱』(平成6年 朝日新聞社)と、第11回トピック展示「吉村昭が描いた天狗党―「動く牙」と「天狗争乱」福井の旅―」の展示資料・吉村昭自筆原稿「読者からの手紙」が紹介されました。「天狗争乱」の解説とともに、「史実を追究する」吉村の「作家魂」に言及しています。展示内容の詳細(資料画像あり)は、こちらからご覧ください。

「越山若水」(「福井新聞」令和2年12月6日 朝刊1面) 福井新聞社提供

「幕末に尊皇攘夷を貫く水戸天狗(てんぐ)党が挙兵に失敗し、その志を朝廷に伝えるため上洛(じょうらく)を企てる。茨城から敦賀まで、西進の行軍で全行程は1千キロを超し、しかも冬季間の長征だった▼行軍に参加したのは約千人規模にものぼった。1864年11月1日、茨城県大子(だいご)町をたち、主として中山道を通り美濃路を経て越前に入る。大雪と格闘し池田、今庄から木ノ芽峠を越え12月11日に敦賀に着く。大砲を引き鉄砲を担ぎ、病人を背負っての難行苦行の行軍ぶりを作家吉村昭さんが克明に描いている▼福井県ふるさと文学館とおしどり文学館の東京・吉村昭記念文学館で、天狗党を描く小説「動く牙」「天狗争乱」に関する資料などが展示されている。その一つに「史実を歩く」所収「読者からの手紙」の自筆原稿がある▼天狗勢には女性や乳児も加わる。掲げる旗指し物の多くが「襁褓(おむつ)」だったとの伝承を知らせる手紙に吉村さんは衝撃を受ける。資料を検証し文庫化の際に加筆したと書く。わずか3行だが、史実を追究する作家魂に頭が下がる思いだし、なにより胸を打たれる逸話だ▼敦賀で降伏しながら多くが処刑された。尊皇攘夷が時間とともに変形、消える中で天狗党のみが信奉を崩さなかった悲劇と吉村さんは記す。明治の声を聞くと一転し倒幕の英雄と顕彰されていく。幕末期を代表する惨劇。時代による翻弄(ほんろう)。忘れまい。」(福井新聞社提供)

吉村昭「読者からの手紙」(『史実を歩く』 平成10年 文春新書)について

 吉村昭『史実を歩く』文春新書「読者からの手紙」所収。
 「読者からの手紙」は、天狗勢が通過した各地の郷土史家や伝承を受け継ぐ子孫からの手紙を紹介した随筆です。「天狗争乱」の連載時、吉村の元には、天狗勢が通過した各地に暮らす読者や、登場人物の子孫など、多くの読者から手紙が届きました。その数は、それまで発表した歴史小説の中で最も多いものでした。吉村は、手紙を書斎で保管し、礼状や返信を送りました。また、記述の根拠とした資料のコピーを送ることもありました。このような読者との関わりについて、「郷土史を研究する人との連携を感じる」として「お互いに誤りをただし合い、正しい史実を残したいと思う」と述べています(「読者からの手紙」)。中でも、天狗勢に同行した女性や乳児の伝承を記した手紙は、吉村に衝撃を与えました。それは、和田宿を出発した隊員たちが掲げた指物のほとんどが「襁褓(おむつ)」だったという話でした。吉村は、自らが調査した資料を検証した上で、この伝承の価値は高いと判断し、文庫化の際に加筆しました。これにより、「小説の密度」が高まったと記しています。
 吉村は、取材先で出会う郷土史家や研究者、また、各地の伝承や参考資料を手紙で知らせる読者との関わりを大切にしました。「動く牙」と「天狗争乱」の取材では、各地の研究者や郷土史家を訪ね、話を聞き、資料を収集しました。これらの書斎で保管されていた資料には、付箋が貼られ、重要な箇所に下線が引かれています。また、地名や人物を丸印で囲み、関連する事柄を書き込むなど、読み込んで使用していたことが窺えます。

【資料紹介】吉村昭自筆原稿「読者からの手紙」(津村節子氏寄託資料)

吉村昭自筆原稿「読者からの手紙」の資料画像は、PDFこちらからご覧いただけます(第11回トピック展示解説シートより)。(PDF 243 KB)
第11回解説シート6ページ

掲載日 令和2年12月10日 更新日 令和2年12月17日
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